年の瀬は、こんな田舎町にだって平等にやってくる。
そこに「サンタ業界新聞」を広げて座っている老人男性がいた。老人は「少子高齢化で岐路に立つサンタ業界」という見出しを見ると、深く深くため息をつくのだった。さらに「どうなるサンタクロース」という一般の新聞記事を見ると、なおさらサンタの一人として、自分自身が、どうしようもなくやりきれなくなるらしかった。
彼はトナカイに向かってこう言うのだった。
「昔の何もかもすべてが良かったとは思わないが、少なくとも今よりはマシだった。なにせ子供の数が多かった。もちろん、その中にも、プレゼントをあげても感謝しない子供や、物を粗末に扱う子供がいて、たいへん心を痛めた。それでも、今よりも多くの子供たちがいた……もっともっとお前たちにエサをやりたいのだが……こう子供の数が少なくては……」
あるトナカイが、真剣に悩んでいた。そのトナカイはどうしたかというと、ある日こっそりと、先輩のトナカイに、自分の悩みをこっそりうち明けてみた。
「僕たち、何のために走っているんでしょう。来る日も来る日も同じ粗末な餌ばかりで、気力が出ないんです。走る方向を間違えてはサンタさんにたびたび怒られるし、走り方がなっていないと怒られるし、僕はいったい、何のために、どうして走っていなければいけないんでしょう」
「おいおい、一体何を言い出すんだ……走る意味ってのは……そもそも、子供たちにプレゼントを届けるためだろう」
「ところがですね、最近子供の数が少ないし、走っても走っても子供がいないんです」
「そりゃあ、俺だって同じ悩みだけど……もし一人でも子供が待っているなら、そこへ走っていかないといけないだろう……俺たちはトナカイなんだから」
「もう僕は、この群れにいる意味がわからなくなってきました。走っても走っても以前のような喜びが感じられなくて……群れを、抜けようと思うんです」
「……」
先輩のトナカイは、彼をどうなぐさめてよいか、一瞬わからなくなった。群れの一員として、彼の俊速さも瞬発力も全部見ていて知っていて、そんなに劣るトナカイだとも思ってはいなかったのだ。
ただ、子供の数が少なくて、トナカイをやっていながら、その俊敏さをなかなか活かせないという点で、ふがいない思いをしているのは、先輩のトナカイも一緒だったし、同じ気持ちだった。
「群れを抜けるっていってもなー、走る気力が起こらなかったら、この先どこで何を引っ張っても、今と同じ繰り返しだと、俺はそう思うんだ……幸せになれるかというと、そうでもないかも知れない……」
「僕は、他の業界を知らなくて……」
「よっぽど脚に自身があるとか、鼻が利くとか、なにか取り柄がないと、他でソリを引こうと思っても、なかなか難しいんじゃないか?」
「でもですね、サンタさんは最近、家で酒乱だし、愚痴ばかりこぼすし、僕らに必要以上にムチ打つし、もう背中が痛くてたまらないんです」
「……まあ、サンタさんも、トナカイにムチ打つのは仕事でやってるだけだからね。俺たちが憎くてムチ打ってるんじゃないんだと思うよ。もしそうでなかったら、私生活まで俺らをムチ打ってるはずだから」
「子供たちにこれ以上、ウソを言うのがイヤなんですよ……僕は本当のことが言いたい……サンタさんはいい人です、夢のあるプレゼントを持って飛んできます……そんなはずないじゃないですか実際のところを見てたら……」
「まあ、サンタさんも人間なのかも知れないな……そりゃあ、子供相手だから、これは実は去年の残り物のプレゼントですとか、実は一度地面に落としてぶつけたプレゼントなんです……って、正直なことばかり言えるはずないじゃんか……俺たちは夢を売る仕事なんだから……子供を幻滅させちゃダメだって」
「でも嘘はいけないと思うんです……もし自分が子供の立場だったら……」
「……どうせつくなら、上手な嘘をつこうよ。夢をこわさないように……気分良く子供を満足させられるように……運送途中で起こったすべての出来事を、敢えてつまびらかにする必要も無いんだよ」
「そんなもんですかねえ」
「そんなもんだと思うよ」
サンタさんは、自宅ではパイプばかりを何度も吸っていた。加えて、睡眠薬代わりにあおる、お気に入りのバーボンの量が、昔に比べてかなり増えているようだった。
良い子はどこにいるんだろう……こうのとりさんは、なぜこの街に来ないのだろう……数少ない子供たちをどうやって探せばいいんだろう……走り方が悪いのか、届け方が悪いのか、プレゼントが悪いのか、プレゼントの包装が古くなってしまったのか、そもそもサンタクロースという仕事は時代にそぐわないのだろうかとか、様々なことを走りながら考えていた……
12月25日、午前0時……北米防空司令部が、ノルウェーを出発した今年最初のサンタクロースとトナカイの一団の姿を、レーダーで確認した。人工衛星は彼らの働きをつぶさに司令部へ報告し、ウェブサイトを通じて世界中にその存在を知らしめた。
トナカイは一団となって闇夜を切り裂き、星をたよりに天を駆けてゆく……子供の眠りを妨げないように、子供の夢をこわさないように、子供が目覚めようとする前に、明日を待つ子供のもとへと着実に、正確に……
「僕は何だか、ここでトナカイをやっていて良かったと思えるようになってきました」
「たとえ悪ガキだって、ガキ大将だって、あれでいて内心喜んでいると思うよ」
「大事に使ってくれるといいですね、プレゼント」
「……お前、鼻が赤いよ」
「……だって、さっきまで泣いてましたから」
街角に、少子高齢化のニュースが流れるたびに、嘆き、胸を痛める人たちがいる。それは、世界各地でサンタクロース業をいとなんでいる、個人商店主たちだ。
そこに「サンタ業界新聞」を広げて座っている老人男性がいた。老人は「少子高齢化で岐路に立つサンタ業界」という見出しを見ると、深く深くため息をつくのだった。さらに「どうなるサンタクロース」という一般の新聞記事を見ると、なおさらサンタの一人として、自分自身が、どうしようもなくやりきれなくなるらしかった。
彼はトナカイに向かってこう言うのだった。
「昔の何もかもすべてが良かったとは思わないが、少なくとも今よりはマシだった。なにせ子供の数が多かった。もちろん、その中にも、プレゼントをあげても感謝しない子供や、物を粗末に扱う子供がいて、たいへん心を痛めた。それでも、今よりも多くの子供たちがいた……もっともっとお前たちにエサをやりたいのだが……こう子供の数が少なくては……」
あるトナカイが、真剣に悩んでいた。そのトナカイはどうしたかというと、ある日こっそりと、先輩のトナカイに、自分の悩みをこっそりうち明けてみた。
「僕たち、何のために走っているんでしょう。来る日も来る日も同じ粗末な餌ばかりで、気力が出ないんです。走る方向を間違えてはサンタさんにたびたび怒られるし、走り方がなっていないと怒られるし、僕はいったい、何のために、どうして走っていなければいけないんでしょう」
「おいおい、一体何を言い出すんだ……走る意味ってのは……そもそも、子供たちにプレゼントを届けるためだろう」
「ところがですね、最近子供の数が少ないし、走っても走っても子供がいないんです」
「そりゃあ、俺だって同じ悩みだけど……もし一人でも子供が待っているなら、そこへ走っていかないといけないだろう……俺たちはトナカイなんだから」
「もう僕は、この群れにいる意味がわからなくなってきました。走っても走っても以前のような喜びが感じられなくて……群れを、抜けようと思うんです」
「……」
先輩のトナカイは、彼をどうなぐさめてよいか、一瞬わからなくなった。群れの一員として、彼の俊速さも瞬発力も全部見ていて知っていて、そんなに劣るトナカイだとも思ってはいなかったのだ。
ただ、子供の数が少なくて、トナカイをやっていながら、その俊敏さをなかなか活かせないという点で、ふがいない思いをしているのは、先輩のトナカイも一緒だったし、同じ気持ちだった。
「群れを抜けるっていってもなー、走る気力が起こらなかったら、この先どこで何を引っ張っても、今と同じ繰り返しだと、俺はそう思うんだ……幸せになれるかというと、そうでもないかも知れない……」
「僕は、他の業界を知らなくて……」
「よっぽど脚に自身があるとか、鼻が利くとか、なにか取り柄がないと、他でソリを引こうと思っても、なかなか難しいんじゃないか?」
「でもですね、サンタさんは最近、家で酒乱だし、愚痴ばかりこぼすし、僕らに必要以上にムチ打つし、もう背中が痛くてたまらないんです」
「……まあ、サンタさんも、トナカイにムチ打つのは仕事でやってるだけだからね。俺たちが憎くてムチ打ってるんじゃないんだと思うよ。もしそうでなかったら、私生活まで俺らをムチ打ってるはずだから」
「子供たちにこれ以上、ウソを言うのがイヤなんですよ……僕は本当のことが言いたい……サンタさんはいい人です、夢のあるプレゼントを持って飛んできます……そんなはずないじゃないですか実際のところを見てたら……」
「まあ、サンタさんも人間なのかも知れないな……そりゃあ、子供相手だから、これは実は去年の残り物のプレゼントですとか、実は一度地面に落としてぶつけたプレゼントなんです……って、正直なことばかり言えるはずないじゃんか……俺たちは夢を売る仕事なんだから……子供を幻滅させちゃダメだって」
「でも嘘はいけないと思うんです……もし自分が子供の立場だったら……」
「……どうせつくなら、上手な嘘をつこうよ。夢をこわさないように……気分良く子供を満足させられるように……運送途中で起こったすべての出来事を、敢えてつまびらかにする必要も無いんだよ」
「そんなもんですかねえ」
「そんなもんだと思うよ」
サンタさんは、自宅ではパイプばかりを何度も吸っていた。加えて、睡眠薬代わりにあおる、お気に入りのバーボンの量が、昔に比べてかなり増えているようだった。
良い子はどこにいるんだろう……こうのとりさんは、なぜこの街に来ないのだろう……数少ない子供たちをどうやって探せばいいんだろう……走り方が悪いのか、届け方が悪いのか、プレゼントが悪いのか、プレゼントの包装が古くなってしまったのか、そもそもサンタクロースという仕事は時代にそぐわないのだろうかとか、様々なことを走りながら考えていた……
12月25日、午前0時……北米防空司令部が、ノルウェーを出発した今年最初のサンタクロースとトナカイの一団の姿を、レーダーで確認した。人工衛星は彼らの働きをつぶさに司令部へ報告し、ウェブサイトを通じて世界中にその存在を知らしめた。
トナカイは一団となって闇夜を切り裂き、星をたよりに天を駆けてゆく……子供の眠りを妨げないように、子供の夢をこわさないように、子供が目覚めようとする前に、明日を待つ子供のもとへと着実に、正確に……
「僕は何だか、ここでトナカイをやっていて良かったと思えるようになってきました」
「たとえ悪ガキだって、ガキ大将だって、あれでいて内心喜んでいると思うよ」
「大事に使ってくれるといいですね、プレゼント」
「……お前、鼻が赤いよ」
「……だって、さっきまで泣いてましたから」
街角に、少子高齢化のニュースが流れるたびに、嘆き、胸を痛める人たちがいる。それは、世界各地でサンタクロース業をいとなんでいる、個人商店主たちだ。
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