この世には、「小梅ちゃん」という名の雀の妖精がいる。太宰府天満宮から、秘密裡に不特定多数の学生にコッソリ寄生する。役目を終えると、ご褒美にデートしてくれ、写メールやプリクラを撮ってから、雀になって、サヨナラして、やがて大宰府に帰る。
今回はそんなラッキーなお話に恵まれた、ある少年の物語だ。
――夏休み、ある高校三年生男子の自宅の部屋にて
「おい、今度、お前の勉強を見てやることになった、わたし、小梅だ! よろしく!」
「……わかった。庭で焼いて食ってやる」
その小雀をむんずと握りながら、バーベキューコンロを持ち出すと、庭に向かって歩き出した。
「タ、タンマ! 待って、待って! 雀のガラ焼きはうまくないよ!」
どろん! とばかりに、盛大に人間に化けた、小梅ちゃん。TシャツにGパンのスレンダーな女子だ。だいたい十九~二〇歳ぐらいだろうか。一方、少年は十八歳男子。気恥ずかしいったらありゃしない。
「ぎゃっ! お前……人間にもなれるのか!」
「もう、大宰府の神様が怒るよ! わたしもだけど!」
「ど、どうもすみませんでした……って、大宰府って?」
「学問の神様、菅原道真公を祀る、九州の太宰府天満宮。わたしは、そこからの使いだ」
「で、なんで神様の使いがここに?」
「そうね、歴史的に珍しく、天文学的に勉強が全くできない少年がいるというわけで、わざわざ現代の高校の学問を教えに来たよ!」
ずーん、と少年は沈んでいく。余程ショックだったらしい。小梅は気を利かせて、大丈夫かと、少年に声をかけた。
「おい少年、何をしょげかえっているんだ」「オレ、そんなに勉強ダメっすか?」「まーね。今のレベルだと、世界の三大莫迦ってとこかな」「ずーん」
彼は相当落ち込んだと見えて、庭でがっくり来ている。膝を地面につき、両手をついて、アタマががっくりうなだれている。
「さあ、逆さ吊りにして、煩悩を吐き出させるから、ちょっと脚を貸せ」
「え、ええーっ?」
少年の両脚を、小梅の両腕がつかんでいる。
「口を開けなさい! 煩悩退散!」
「ぱくぱくぱく……」もわもわもわ……。煩悩のカタマリが次々に出てきて、白くて硬い、小さな風船状のそれは、百個をゆうに超えた。
「ありゃー、ちょうど百八個あったよー!」
少年はぐったりとし、小梅は煩悩の多さにあきれ果てた。そして、小梅は指を電話状に曲げて、本部と連絡を取るのだった。
「本部、本部? 小梅です。この少年、煩悩が百八個あって、どれも破壊できないぐらい硬いんです。ええ……なになに、そのまま袋に詰めて、大宰府に送る! それです! 処理の方、お願いします!」
小梅は「家庭用ゴミ袋」を取り出すと、小さなお札に「大宰府行き」と書いて、送る準備をしていた。ところが、少年は「性欲」と書かれた煩悩を、改めて食べようとするので、小梅ともみ合いになった。
「ちょっと! そんなもの、食べちゃダメー!」「ちょっとぐらいいいじゃないか」「ダメ! 絶対!」
ゴツッ! 「ぐえっ!」小梅の膝が、少年の背中にヒットした。するとどうだろう、いままで一つだった煩悩が、数個に増えて出てきた。
「今度こそ処分よ! 飛梅空輸!」「ま、待ってくれええ! オレの煩悩……」
木のおふだ三枚が、まるでヘリコプターの回転翼と補助翼のようになって、遥か高みに昇り、やがて西の方角へと姿を消した。
「ふう、これぞ飛梅伝説を応用した輸送手段、飛梅空輸ね! 確実に大宰府には届く!」
「はあ……オレはもう……からっぽです……」がくっ。
――翌朝
小梅は雀の姿で、彼について行くことにした。詰め襟の制服の肩に止まる、小さな雀。だが普通の雀と違うところは、知恵が回って、おしゃべりなところだ。彼の耳元でささやいている。しかも日本語で。
「小梅、どこまで付いて来るつもりなんだよー」
「学校だよー。まあ、授業の邪魔はしないから、そのへんで隠れておくよ」
「本当かなあ」
「まあ、わたしもバレちゃあ仕事にならんからねー」
小梅は、彼の出ている教科にはすべて付いて行き、空中から、そして地上や樹上から観察した。帰りのHRが終わると、ピイピイ、チチチと鳴きながら付いていくのだった。そして、耳元でささやく。帰り際のやりとり。
「お前、女のことばかり考えて、密かに勃っていただろう。そんなエロい人間じゃダメダメ。もっとさわやか路線でいかなきゃダメだ」
「う、うるせえなあ! オレは、別に、そんなに……」
「そんなんじゃ、マジ彼女できねーぞ。女にもてねーぞ、煩悩退散!」
「……」
――大学入試センター試験
さて、彼は入試に際して小梅の指導や、まじないを経験し、遂に、今日のセンター試験日を迎えた。どろんっと人間に化けた小梅は、何かアイテムを持っているらしく、ごそごそと取り出すのだった。見れば、それはプラスチック製の小さなフィルムホルダー。
「梅シートだ! 百枚入りだがお前にやるよ」
「どうやって使うんだ?」
「ケースに入っているから、忘れていそうな記憶を、チョチョイと思い出せるよ!」
「いつなめるの?」「まあ、今から十枚ぐらい飲めば、きっと効く効く!」「それから?」
「あ、あと、ここで一つ食っとけ! 大宰府名物、梅が枝餅! もう牛乳でも何でもいいから流し込め!」
ぐびぐび、ごっくん。「じゃあ、行って来るよ!」
「気をつけておくれよ。受かれ! 頑張れ!」どろん! バサバサバサ……。
――からくも合格!
「合格おめでとう! どうだ少年。合格できたではないか! ばんざーい!」
「ありがとう。でもまあ、三流大学だけどね」
「ここはね、素直に喜ぼうよ! 今度の土日にはわたしと遊ぼうぜ!」
「小梅さんとかよ……」
「何よ、大宰府天満宮直参の妖精と遊べるチャンス、めったにないぞ! 楽しいぞ!」
「そ、そういう、ものなのか?」
「そうだよー、ついでに、私の千四百歳の誕生日も、祝っておくれよー」
「千四百歳!」
「どうだ、すげーだろう。千四百歳でこのルックスだぜー! まず、普通の人間ではあり得ないね」
と、いうわけで、小梅は明日、彼を遊園地に連れて行こうと考えた。
「じゃあ、お礼に、お前と遊園地デートだ!」
――デイ・ドリーム・ビリーヴァー
小梅との初デート! 彼はそれなりに緊張している。親には、表参道まで出かけると言った彼だが、誰と行く、とは言っていなかった。ある私鉄沿線の駅前公園で、小梅は人間の姿で待っていた。
「小梅ちゃん!」
「やあ、少年か。待ってたぞ。寒い寒い……鳥の格好にさせてくれ、しばらく」どろん!
ぷくうっと羽根を膨らませて、まんまるな姿になった小梅。
「少年や、ダウンジャケットのポケットに入れてくれないか、それから……」
「それから?」
「浅草に着いたら、このポッケから出る。また、トイレで人間に化けるので、トイレの前で待ってて欲しいのだ」
「了解!」
浅草駅の女子トイレで煙があがったと思うと、小梅が変身して少年の元へやって来た。
「ふう、変装完了!」
「おつかれさまっす!」
・銀座線浅草駅
浅草の庶民遊園地。
「やはり、わたしはここが好きだ! 庶民遊園地!」
「ジェットコースター、最高速度四十キロメートル……観覧車、最高六メートル……」
・銀座線・半蔵門線表参道駅
表参道。女子ならば何が何でもここに行きたいだろう。博多のデイトスや、北九州の井筒屋さんや岩田屋さんにも、コスメやブティックは無くはないが、やはり本場の東京ファッションが珍しい、というわけなのでありました……。
「うおー、すごい! この店の衣装、ぜんぶ欲しい!」
「無茶な……無謀な……」
・半蔵門線渋谷駅
「おお、丸いビルね! ここも有名よ!」
「はいはい」
というわけで、どっちのデートか分からないまま「ああ、はい」と相づちばかり打っていた少年。小梅さんは、今度はゲームセンターにプリクラを撮りに行く、とわくわくしていた。
「これが、最新のプリクラです!」
「ふむ。わたしと撮るのかー? じゃあ、イエーイと言ったノリで」
「せーの、チーズ!」
「お、何か落ちて来た……」
「少年! お前写真写りいいなあ!」
「小梅さんと僕との思い出ができましたね!」
「うん、手帳のこのへんに貼っとくー」
――高校最後の卒業式
小梅は、家ではなく、駅で彼が来るのを待っていた。人間の姿をしていた。
「少年!」「小梅さん!」
「わたしは、これでサヨナラになる。お前の卒業式を見守って、大宰府に帰る。じゃあね、ずっといられなくてごめんね」
小梅は涙を流していた。
「わたしは、この春を迎えると、お前を忘れるかも知れない、それだけは覚悟しとけ」
「小梅さん……オレは忘れないよ! 大丈夫、これでもオレ、強くなりましたから」
「おーおー、言うじゃん言うじゃん! その調子だ、少年! じゃあな、少年!」
「ありがとう小梅さん! さようなら、小梅さん!」
こうして、ついに二人は別れた。
――小梅のいない四月
大学一年生。入学シーズンに、小梅ちゃんはひっそりと姿を消した。彼は急に心細く、悲しくなり、雀の群れに「小梅!」と話しかけるが、普通の雀は逃げていく一方だった。
卒業式が終わり、入学式が終わっても、一向に小梅は現れない。
彼は矢も楯もたまらずに、新幹線と西鉄を乗り継いで、福岡県の太宰府天満宮までやって来た。社務所で雀の具合を訊いてみたが、「いやあ、自然繁殖なんで、特に管理はしていませんよ」とのことだった。しかし、社務所の人は「あそこに居るおばさんに詳しいことは訊いてみてください」彼は社務所の人に一礼をすると、今度は雀の群れに足を踏み入れた。
ふと急に、後ろから声をかける、初老の女性が現れた。
「ここで何をしている! お前は何者だ?」
「いえいえ、怪しい者ではありません。ただ、小梅ちゃんという雀の妖精に逢いたくて、東京からここまで……」
「ああ、小梅が担当した学生か……ちょっとだけ待っておけ」
彼女が雀に化けて群れの中へ消えた後、ウロチョロと探し、やっとお目当ての小梅ちゃんを捜し出してきて、初老の女性と共にどろんっ! と人間に化けた。
「さあ、この娘が、小梅だ。もう随分記憶も消えかかっているやも知れぬ」
「そ、そんな……」
小梅はうつむきながら出てきた。「あ、あのー。わたしで良かったんでしょうか」
少年はうろたえた。あの、おなじみの気易さが、この小梅には全然なかったのだ。それすらも、忘れ去っているような案配だった。
「小梅ちゃん……小梅ちゃんだよね! オレだよ、覚えてる?」
「え……?」
聡い小梅は、全てを理解し、察したようだった。
「……そうだ、思い出した。昨年度わたしが担当した、エロマックスなお前かあ! うんうん、覚えてる! 知ってる知ってる! 君のことを思い出したよ! なんでこんな所まで来たのか? 未練たらしいねえー」と言いながら、ばちばちと背中を叩く小梅。
「なあお前」
「なんです?」
「小梅たちの受験生支援サービス。これは、丸一年限定だったのだよ」
「そうなんですか」
「なので、一年経ったので、もうそろそろ記憶を消してしまおうかと考えていたのだよ」
「ふうーん……」
「わざわざ東京から来られたのだから、大宰府遊園地なり、お石茶屋なり出かけて、親睦を深めると良い」
「はい、お師匠さま!」「どうもありがとうございます」
さて、この二人は後ほどめでたく結ばれることと相成るのですが、それからの生活は、雀の尻に人間が敷かれる、といった実に情けない、かかあ天下だったりするのです。
今回はそんなラッキーなお話に恵まれた、ある少年の物語だ。
――夏休み、ある高校三年生男子の自宅の部屋にて
「おい、今度、お前の勉強を見てやることになった、わたし、小梅だ! よろしく!」
「……わかった。庭で焼いて食ってやる」
その小雀をむんずと握りながら、バーベキューコンロを持ち出すと、庭に向かって歩き出した。
「タ、タンマ! 待って、待って! 雀のガラ焼きはうまくないよ!」
どろん! とばかりに、盛大に人間に化けた、小梅ちゃん。TシャツにGパンのスレンダーな女子だ。だいたい十九~二〇歳ぐらいだろうか。一方、少年は十八歳男子。気恥ずかしいったらありゃしない。
「ぎゃっ! お前……人間にもなれるのか!」
「もう、大宰府の神様が怒るよ! わたしもだけど!」
「ど、どうもすみませんでした……って、大宰府って?」
「学問の神様、菅原道真公を祀る、九州の太宰府天満宮。わたしは、そこからの使いだ」
「で、なんで神様の使いがここに?」
「そうね、歴史的に珍しく、天文学的に勉強が全くできない少年がいるというわけで、わざわざ現代の高校の学問を教えに来たよ!」
ずーん、と少年は沈んでいく。余程ショックだったらしい。小梅は気を利かせて、大丈夫かと、少年に声をかけた。
「おい少年、何をしょげかえっているんだ」「オレ、そんなに勉強ダメっすか?」「まーね。今のレベルだと、世界の三大莫迦ってとこかな」「ずーん」
彼は相当落ち込んだと見えて、庭でがっくり来ている。膝を地面につき、両手をついて、アタマががっくりうなだれている。
「さあ、逆さ吊りにして、煩悩を吐き出させるから、ちょっと脚を貸せ」
「え、ええーっ?」
少年の両脚を、小梅の両腕がつかんでいる。
「口を開けなさい! 煩悩退散!」
「ぱくぱくぱく……」もわもわもわ……。煩悩のカタマリが次々に出てきて、白くて硬い、小さな風船状のそれは、百個をゆうに超えた。
「ありゃー、ちょうど百八個あったよー!」
少年はぐったりとし、小梅は煩悩の多さにあきれ果てた。そして、小梅は指を電話状に曲げて、本部と連絡を取るのだった。
「本部、本部? 小梅です。この少年、煩悩が百八個あって、どれも破壊できないぐらい硬いんです。ええ……なになに、そのまま袋に詰めて、大宰府に送る! それです! 処理の方、お願いします!」
小梅は「家庭用ゴミ袋」を取り出すと、小さなお札に「大宰府行き」と書いて、送る準備をしていた。ところが、少年は「性欲」と書かれた煩悩を、改めて食べようとするので、小梅ともみ合いになった。
「ちょっと! そんなもの、食べちゃダメー!」「ちょっとぐらいいいじゃないか」「ダメ! 絶対!」
ゴツッ! 「ぐえっ!」小梅の膝が、少年の背中にヒットした。するとどうだろう、いままで一つだった煩悩が、数個に増えて出てきた。
「今度こそ処分よ! 飛梅空輸!」「ま、待ってくれええ! オレの煩悩……」
木のおふだ三枚が、まるでヘリコプターの回転翼と補助翼のようになって、遥か高みに昇り、やがて西の方角へと姿を消した。
「ふう、これぞ飛梅伝説を応用した輸送手段、飛梅空輸ね! 確実に大宰府には届く!」
「はあ……オレはもう……からっぽです……」がくっ。
――翌朝
小梅は雀の姿で、彼について行くことにした。詰め襟の制服の肩に止まる、小さな雀。だが普通の雀と違うところは、知恵が回って、おしゃべりなところだ。彼の耳元でささやいている。しかも日本語で。
「小梅、どこまで付いて来るつもりなんだよー」
「学校だよー。まあ、授業の邪魔はしないから、そのへんで隠れておくよ」
「本当かなあ」
「まあ、わたしもバレちゃあ仕事にならんからねー」
小梅は、彼の出ている教科にはすべて付いて行き、空中から、そして地上や樹上から観察した。帰りのHRが終わると、ピイピイ、チチチと鳴きながら付いていくのだった。そして、耳元でささやく。帰り際のやりとり。
「お前、女のことばかり考えて、密かに勃っていただろう。そんなエロい人間じゃダメダメ。もっとさわやか路線でいかなきゃダメだ」
「う、うるせえなあ! オレは、別に、そんなに……」
「そんなんじゃ、マジ彼女できねーぞ。女にもてねーぞ、煩悩退散!」
「……」
――大学入試センター試験
さて、彼は入試に際して小梅の指導や、まじないを経験し、遂に、今日のセンター試験日を迎えた。どろんっと人間に化けた小梅は、何かアイテムを持っているらしく、ごそごそと取り出すのだった。見れば、それはプラスチック製の小さなフィルムホルダー。
「梅シートだ! 百枚入りだがお前にやるよ」
「どうやって使うんだ?」
「ケースに入っているから、忘れていそうな記憶を、チョチョイと思い出せるよ!」
「いつなめるの?」「まあ、今から十枚ぐらい飲めば、きっと効く効く!」「それから?」
「あ、あと、ここで一つ食っとけ! 大宰府名物、梅が枝餅! もう牛乳でも何でもいいから流し込め!」
ぐびぐび、ごっくん。「じゃあ、行って来るよ!」
「気をつけておくれよ。受かれ! 頑張れ!」どろん! バサバサバサ……。
――からくも合格!
「合格おめでとう! どうだ少年。合格できたではないか! ばんざーい!」
「ありがとう。でもまあ、三流大学だけどね」
「ここはね、素直に喜ぼうよ! 今度の土日にはわたしと遊ぼうぜ!」
「小梅さんとかよ……」
「何よ、大宰府天満宮直参の妖精と遊べるチャンス、めったにないぞ! 楽しいぞ!」
「そ、そういう、ものなのか?」
「そうだよー、ついでに、私の千四百歳の誕生日も、祝っておくれよー」
「千四百歳!」
「どうだ、すげーだろう。千四百歳でこのルックスだぜー! まず、普通の人間ではあり得ないね」
と、いうわけで、小梅は明日、彼を遊園地に連れて行こうと考えた。
「じゃあ、お礼に、お前と遊園地デートだ!」
――デイ・ドリーム・ビリーヴァー
小梅との初デート! 彼はそれなりに緊張している。親には、表参道まで出かけると言った彼だが、誰と行く、とは言っていなかった。ある私鉄沿線の駅前公園で、小梅は人間の姿で待っていた。
「小梅ちゃん!」
「やあ、少年か。待ってたぞ。寒い寒い……鳥の格好にさせてくれ、しばらく」どろん!
ぷくうっと羽根を膨らませて、まんまるな姿になった小梅。
「少年や、ダウンジャケットのポケットに入れてくれないか、それから……」
「それから?」
「浅草に着いたら、このポッケから出る。また、トイレで人間に化けるので、トイレの前で待ってて欲しいのだ」
「了解!」
浅草駅の女子トイレで煙があがったと思うと、小梅が変身して少年の元へやって来た。
「ふう、変装完了!」
「おつかれさまっす!」
・銀座線浅草駅
浅草の庶民遊園地。
「やはり、わたしはここが好きだ! 庶民遊園地!」
「ジェットコースター、最高速度四十キロメートル……観覧車、最高六メートル……」
・銀座線・半蔵門線表参道駅
表参道。女子ならば何が何でもここに行きたいだろう。博多のデイトスや、北九州の井筒屋さんや岩田屋さんにも、コスメやブティックは無くはないが、やはり本場の東京ファッションが珍しい、というわけなのでありました……。
「うおー、すごい! この店の衣装、ぜんぶ欲しい!」
「無茶な……無謀な……」
・半蔵門線渋谷駅
「おお、丸いビルね! ここも有名よ!」
「はいはい」
というわけで、どっちのデートか分からないまま「ああ、はい」と相づちばかり打っていた少年。小梅さんは、今度はゲームセンターにプリクラを撮りに行く、とわくわくしていた。
「これが、最新のプリクラです!」
「ふむ。わたしと撮るのかー? じゃあ、イエーイと言ったノリで」
「せーの、チーズ!」
「お、何か落ちて来た……」
「少年! お前写真写りいいなあ!」
「小梅さんと僕との思い出ができましたね!」
「うん、手帳のこのへんに貼っとくー」
――高校最後の卒業式
小梅は、家ではなく、駅で彼が来るのを待っていた。人間の姿をしていた。
「少年!」「小梅さん!」
「わたしは、これでサヨナラになる。お前の卒業式を見守って、大宰府に帰る。じゃあね、ずっといられなくてごめんね」
小梅は涙を流していた。
「わたしは、この春を迎えると、お前を忘れるかも知れない、それだけは覚悟しとけ」
「小梅さん……オレは忘れないよ! 大丈夫、これでもオレ、強くなりましたから」
「おーおー、言うじゃん言うじゃん! その調子だ、少年! じゃあな、少年!」
「ありがとう小梅さん! さようなら、小梅さん!」
こうして、ついに二人は別れた。
――小梅のいない四月
大学一年生。入学シーズンに、小梅ちゃんはひっそりと姿を消した。彼は急に心細く、悲しくなり、雀の群れに「小梅!」と話しかけるが、普通の雀は逃げていく一方だった。
卒業式が終わり、入学式が終わっても、一向に小梅は現れない。
彼は矢も楯もたまらずに、新幹線と西鉄を乗り継いで、福岡県の太宰府天満宮までやって来た。社務所で雀の具合を訊いてみたが、「いやあ、自然繁殖なんで、特に管理はしていませんよ」とのことだった。しかし、社務所の人は「あそこに居るおばさんに詳しいことは訊いてみてください」彼は社務所の人に一礼をすると、今度は雀の群れに足を踏み入れた。
ふと急に、後ろから声をかける、初老の女性が現れた。
「ここで何をしている! お前は何者だ?」
「いえいえ、怪しい者ではありません。ただ、小梅ちゃんという雀の妖精に逢いたくて、東京からここまで……」
「ああ、小梅が担当した学生か……ちょっとだけ待っておけ」
彼女が雀に化けて群れの中へ消えた後、ウロチョロと探し、やっとお目当ての小梅ちゃんを捜し出してきて、初老の女性と共にどろんっ! と人間に化けた。
「さあ、この娘が、小梅だ。もう随分記憶も消えかかっているやも知れぬ」
「そ、そんな……」
小梅はうつむきながら出てきた。「あ、あのー。わたしで良かったんでしょうか」
少年はうろたえた。あの、おなじみの気易さが、この小梅には全然なかったのだ。それすらも、忘れ去っているような案配だった。
「小梅ちゃん……小梅ちゃんだよね! オレだよ、覚えてる?」
「え……?」
聡い小梅は、全てを理解し、察したようだった。
「……そうだ、思い出した。昨年度わたしが担当した、エロマックスなお前かあ! うんうん、覚えてる! 知ってる知ってる! 君のことを思い出したよ! なんでこんな所まで来たのか? 未練たらしいねえー」と言いながら、ばちばちと背中を叩く小梅。
「なあお前」
「なんです?」
「小梅たちの受験生支援サービス。これは、丸一年限定だったのだよ」
「そうなんですか」
「なので、一年経ったので、もうそろそろ記憶を消してしまおうかと考えていたのだよ」
「ふうーん……」
「わざわざ東京から来られたのだから、大宰府遊園地なり、お石茶屋なり出かけて、親睦を深めると良い」
「はい、お師匠さま!」「どうもありがとうございます」
さて、この二人は後ほどめでたく結ばれることと相成るのですが、それからの生活は、雀の尻に人間が敷かれる、といった実に情けない、かかあ天下だったりするのです。
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作者です。小梅ちゃんの声は、声優の新井里美さんをイメージしてください。
天神様の言う通り!
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